農と食のこと

1つの出合いから安全・安心の
野菜づくりにこだわった60年

老沼 幸彦さん(83)
上小山田町

 自然豊かな上小山田町に、60年超の農業キャリアを誇る老沼幸彦さんの畑があります。取材時には、豊富な知識と経験を基に、JAの担当職員に野菜の育て方はもちろん、野菜のおいしい食べ方や保存方法まで細やかに話してくれました。83歳となった現在もなお現役農家として、地域の農業をけん引する老沼さんの60年の軌跡をご紹介します。
(取材担当 忠生支店:穗滿勇斗(ほまんゆうと))

食の安全・安心が
地場野菜の普及に

トラクターに乗った老沼さん

 1960年頃、老沼さんは実家が農家ということもあり、高校卒業と同時に就農しました。当初は子豚と野菜を育てながら大変な日々を過ごしていたそうですが、数年後、老沼さんはターニングポイントを迎えました。それは、地場産野菜を提供できる場所と出合えたことです。それまでは、なかなか地場産の野菜を食べてもらえる機会がなかったのですが、地域の方々と協力し、つながりを持ったことで「地元の野菜はこんなにおいしいんだぞ!」ということを証明することができたといいます。消費者からの反響も良く、更に農業に力を入れることができたと振り返ります。

仲間とともに
珍しい野菜の栽培に挑戦


旬を迎えたナスを収穫

 老沼さんは30代の頃、仲間とともに「西洋野菜グループ」を立ち上げ、当時としてはまだ珍しかったセロリやカリフラワーづくりに挑戦しました。育て方も手探りで、試行錯誤の連続だったといいます。また、老沼さんが住む上小山田町といえば、東京の伝統野菜「小山田ミツバ」の発祥地。青々とした葉にシャキシャキとした柔らかい歯触りの茎が特色です。しかし、茎の柔らかさを保ったまま葉を青くするためには、収穫後、葉にだけ陽の光をあてるというひと手間が必要となります。

 老沼さんが若い頃は野菜づくりの傍ら、小山田ミツバを自分たちで新宿へ売りに行くこともあったそうです。「大変な毎日だったが、今では全て良い思い出」と充実した笑顔で話します。老沼さんはこの地が育んだ江戸東京野菜の伝統を途切れさせないためにも、地域の仲間と協力して、小山田ミツバをはじめ、ホウレンソウなどの野菜を育てていきたいと話します。

 「小山田の地区の人は皆、人柄がとても温かい。まだまだ若い人に負けないように頑張りたい」と前を向く老沼さん。

 地区での農業を衰退させないためにも、伸びすぎた木々の枝の伐採など、周辺環境の整備は喫緊の課題だと話しました。

地場産の野菜が一番!と
思ってもらえるように

 60年を超える農業キャリアを誇る老沼さんが一番うれしいのは、消費者から寄せられる「おいしい!」の一言だといいます。長年、食の安全と安心にこだわり、手間ひま惜しまず野菜づくりに邁進してきたからこそ「老沼さんが育てた野菜はおいしいね! 地場野菜っていいよね」という声が届くと、胸が熱くなるそうです。

 「あとどれくらい農家をできるか分からないけど、生産者冥利につきるよね」

 老沼さんは、これからも少しでも多くの人においしい野菜を提供したいとほほ笑みながら抱負を語ってくれました。